前橋地方裁判所 昭和50年(ヨ)110号 決定 1975年10月29日
申請人 まるか食品株式会社
相手方 エースコツク株式会社
主文
一 申請人の申請をいずれも却下する。
二 訴訟費用は申請人の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 申請の趣旨
1 相手方は別紙記載の形状及び寸法の容器包装を用いて、スナツクめん焼そばを販売してはならない。
2 申請人の委任する裁判所執行官は相手方肩書地にある前項記載の商品容器包装につき、相手方の占有を解きその保管に移す。
二 申請の趣旨に対する答弁
申請人の申請を却下する。
第二申請人の申請の理由等
一 被保全権利
1 申請人はスナツクめんを製造販売するメーカーであるが、従来からのインスタント焼そば(熱湯をかけ、一定時間後湯を流してしまい、ソースをかけて食べる)がカツプ型の容器の中に乾燥させた材料を入れていたのに対し、別紙記載の形状と寸法の四角い弁当型容器に材料を入れて、昭和五〇年三月から「ペヤングソースやきそば」と名づけてインスタント焼そばの販売を開始した。
2 申請人は右販売開始に前後して、四角型容器入りの「ペヤングソースやきそば」の新商品発表会を各地において開催したほか、現在に至るまで日本テレビ、フジテレビ他全国一七のテレビ局から、四角型容器入りの「ペヤングソースやきそば」の宣伝放送を行い、また、文化放送等ラジオ局三局からも同様の放送を行い、かつ問屋、小売店等を対象に主要な食品業界紙にも何回となく宣伝広告を行つたが、その結果、全国にわたつて、右焼そばが四角型容器入りのインスタント焼そばとして認識されるようになり、「四角い容器の焼そば」イコール申請人製造販売の「ペヤングソースやきそば」というイメージが定着した。
3 ところが相手方は昭和五〇年九月五日より、申請人販売のペヤングソースやきそばの四角型容器の形状、寸法、材質ともにまつたく同一の四角い容器(別紙記載容器)を用い、右容器に材料を入れ、「エースコツクカツプ焼そばバンバン」という名称を付してインスタント焼そばの販売を開始し、よつて申請人販売の四角型容器入り焼そばとの混同を生じさせ、
4 その結果申請人において、営業上の利益を害せられるおそれが生じた。
二 保全の必要性
1 相手方は各種インスタント食品を手広く製造販売している資本金一億五六〇〇万円の大会社であり、いわゆる袋物といわれる「エースコツクのワンタンメン」等各種のインスタントラーメンを始めカツプ物では「カレーヌードル」「シユリンプヌードル」丸形の「カツプ焼そばバンバン」等多品種を多岐にわたつて製造販売しており現在の同社の主力新製品は丸型カツプ入の、天ぷらソバ「でかてん」である。それらの年商は、昭和四九年度においては一〇〇億円前後である。
本件で問題となつている角型の焼そば「バンバン」という商品はこれらの商品のうちほんの一部であつて、現在まだ売出し始めたところで売上の一%前後を占めるに過ぎない。
従つて、四角い容器を用いた焼そばについて製造販売禁止の仮処分命令が発令され、この製品の分野から撤退することになつても相手方の営業全体から見ればきわめて一部分にすぎず、そのことによつて企業の存立がおびやかされるという懸念は全くない。
のみならず焼そばの「バンバン」については、これまで丸カツプ容器による製造販売を行なつて来たのであるから、四角い容器から丸カツプ型容器に復帰することはきわめて容易なことである。
2 これに対し、申請人は資本金六〇〇万円の会社であつて申請人にとつては、この四角い容器の「ペヤングソースやきそば」は売上の半分近くを占めるその主力商品であり、多大の努力と投資によつてようやくに獲ち得た評価を仮処分命令によつて守り抜くことは企業の存立にかかわる重大な問題である。
すなわち、現段階では注文が殺到しているのが実情であり、この機会を逃さないよう懸命の努力を傾注しているのである。今にして仮処分命令が得られないことになると、相手方製品の氾濫によつて、さらには第三第四の企業が相手方を見習うこととなり、申請人の企業そのものに重大な危機を招くことは必至である。
三 相手方の主張に対する反論
相手方は、容器包装の形状、寸法が同一であつても容器包装に印刷された商品名、模様がまつたく異なるのであり、したがつて容器包装の形状、寸法そのものは広く認識せられる他人の商品たることを示す表示とはいえず、よつてその混同の問題もおこらないと主張する。
しかし、業界において「四角い焼そば」といえば申請人のこの製品を指すことはすでに定着している。
このイメージは市場に出廻つた製品のみならず、新聞、テレビ、ラジオを通じて需要者に植えつけたものであつて、四角い容器にどのような図柄模様を施すかは問題外である。
すなわち、現在まで四角い容器の焼そばのインスタントものに関しては申請人製品以外の製品は市場には全く現われていなかつたという事情のもとでテレビ、ラジオにより申請人の焼そばが四角い容器入りの焼そばとして強く印象づけられた一般消費者がインスタント焼そばで四角い容器があるから、それを買おうと思つて店頭に立つたとき、相手方製品「バンバン」が目についたならば「これのことか」と速断して購入することになる。
もちろん、申請人製品と相手方製品とを並べて落ちついて観察した場合には、容器表面の図柄模様が異なつていることは認識することができる。
しかし、テレビ、ラジオ等のマスコミによる宣伝によつて周知になり、そして、手軽に買つて消費すべき商品においては、容器包装を二つに並べて静的に観察することにとどまらず、さらに消費者が申請人商品についてどのようなイメージ、観念をもつているかを基礎として、商品表示であるか否かさらにそれが類似しているか否かを判断すべきである。
さらにつけ加えるならばこの種の商品は小売店頭で五個、一〇個と高く積み重ねて販売することが多く、購入者の目の位置より高く重ねて売ることはむしろ普通の事態に属する。その場合容器包装の表面に記載された文字印刷よりも、容器包装の寸法、形状の方がより購入者に印象づけられることは明白である。
第三相手方の認否及び主張
一 申請人の主張に対する認否
1 申請人の主張一の被保全権利のうち、1を認める。同2を否認する。同3のうち、相手方が申請人主張の容器を用い、申請人主張の商品を販売したことは認めるが、その余は否認する。同4は争う。
2 申請人の主張二の保全の必要性は否認する。
本件申請につき仮処分決定がなされないことによつて申請人が蒙る損害は金銭的補償をもつてカバーできるものである。
すなわち、申請人は、本件仮処分が発令されないと、申請人の「企業の存立そのものに重大な危機を招く」として、これを保全の必要性のよりどころにしているが、申請人は、昭和三九年以降かなりの規模で製めん業を営んでおり、ことに昭和四一年に発売した即席ラーメン「味の大関」が好評を博して以来、これを主力商品として成長し、現在業界において安泰な地位を築いている。
従つて、本件「ペヤングソースやきそば」の発売は、申請人がさらに収益を増大させるだけであつて、仮にその売上の減少があるとしても、企業の存立にまで影響を与えるとは到底考えられない。これに対して仮処分によつて蒙る相手方の損害は莫大なものであるということである。そのような損害として、
(一) 仮処分が取消されるまでの長期間に亘り本件の四角い容器の「エースコツクカツプ焼そばバンバン」が販売できないための売上の減少が一箇月につきき約二億七〇〇〇万円であり、その純利益約八%のみを損害としても、三年間として七~八億円の損害でありこの損害は、仮処分が取消されれば直ちに回復する性質のものではない。
(二) そればかりでなく、そのような不当な仮処分によつて、相手方のコツプ型容器の「エースコツクカツプ焼そばバンバン」までも販売差止を受けたかの如き誤解を、取引先や消費者に与え、これによつて蒙る損害は更に莫大なものである(ちなみにこの製品の売上は一箇月につき約三億二〇〇〇万円である)。そしてそれは仮処分が取消されれば直ちに解消されて売上が元に復するというような問題ではない。
(三) しかも、このような不当な仮処分によつて、大手メーカーとしての信用に受ける損害は、まさに測り知れないものであり、回復が不可能に近い。
(四) その他、相手方が本件「エースコツクカツプ焼そばバンバン」を発売するに要した費用も巨額なものであり、四角い型の容器に収まる形の商品(やきそば)を製造するためのオートメーシヨン設備費、容器代、その宣伝に投じた費用等を総計すれば、その金額は数億円に及ぶ。
他方、前述したように、仮処分がなされないことによつて蒙る申請人の損害は、比較的軽微なものであり、しかも回復し得ない性質のものではない。
二 相手方の主張
1 申請人は、別紙記載形状及び寸法をもつた四角の容器そのものを、広く認識せられる他人の商品たることを示す表示であるとし、それに印刷された図柄模様を捨象する。しかし、およそ四角い容器なるものは容器として最もありふれた形のものである。従つて、「四角い容器」を見れば、すべてそれが申請人の商品と識別できるなどということがあろう筈がない。もしそうだとすると、容器が四角でありさえすれば、その大きさがどうであれ、材質が何であれ、色彩や模様がどうであれ、すべて申請人の商品であることを示すものということになつてしまう。
ちなみに、四角い容器、弁当型容器に容れた商品は数限りないし、めんを入れたものも焼そばを入れたものもそうである。
申請人の主張がもしそのようなものでないと言うのであれば、申請人は、申請人の商品と識別するものとして周知された「表示」とは、ありふれた四角い容器ではなくして、かくかくの特徴をもつている容器であるという具体的な主張をしなければならない。そしてその上で、そのような特徴のある四角い容器として周知されていることが立証されなければならない。
ところが、申請人はそのような主張はしていないし、もとより立証もしていない。
従つて、申請人の商品であることが認識されるのは、そのような文字、図柄模様と容器の形状との組み合わせであり、これらの文字模様を表示していない商品を捉えて不正競争を云々することはできないのである。
ところで、申請人の商品の容器と相手方のそれとを対比し判るように(それが法律上「類似」かどうかは別として)似ている部分は容器の形状だけであつて、その他の部分はすべておよそ似ても似つかないものである。それは全体的に見ても個々の部分に分解してみても全然似ていない。
2 仮に、申請人の容器の形状が、それだけで申請人の商品であることを示すものとして周知されているとして、また、相手方の容器がそれに類似していると仮定しても、次に述べるように相手方の商品が申請人の商品であると誤認混同されることはないし、またそのおそれも全くないから、その点のみを以てしても、本件仮処分申請について被保全権利が存在しないことは明らかである。
何よりも、相手方は、昭和三四年以降即席めんの製造販売を主力としてきた即席めんメーカーとして届指の先発業者であり、現在に至るまで常時屈指の大手メーカーとして広く認識されており、「エースコツク」という文字及び子ぶたのマークにつき、それぞれ商標登録を得て以後は、相手方のすべての商品に、相手方の商号だけでなく、これら二つの登録商標を表示しており、これらはいずれも相手方の商品であることを識別する表示として、広く認識されている。
従つて、これらの登録商標、商号が表示されていることのみを以てしても、相手方の本件商品が昭和五〇年三月頃から販売された申請人の商品と混同される筈がないことが明らかである。
理由
一 この決定理由書において、後に、挙示する各書証は、その記載の趣旨、方式並びに当事者双方の相互に交換した準備書面による弁論の全趣旨にてらし、いずれもその成立について争いがないものと一応認める。
二 申請人が、スナツクめんを製造販売するメーカーであること、別紙記載の形状と寸法の四角い弁当型の容器に材料を入れて、昭和五〇年三月から「ペヤングソースやきそば」と名づけてインスタント焼そばの販売を開始したこと、相手方が昭和五〇年九月五日から申請人販売のペヤングソースやきそばの四角い容器と形状、寸法、材質ともにまつたく同一の四角い容器を用い、「エースコツクカツプ焼そばバンバン」という名称を付してインスタント焼そばの販売を開始したことは、当事者間に争いがない。
三 そこでまづ、容器包装に印刷された図柄模様を捨象した、容器そのものの形状、寸法をもつて、他人の商品たることを示す表示といえるか否かについて検討する。
商品表示とは、商品の出所をあきらかにし、商品を個別化する作用を有するものと解すべきところ、商品の容器が、いかなる形状を有するか否かは、形状というものが、人の視覚と触覚の両面にうつたえるものであることから、容器包装の図柄模様と等しく、あるいは、それ以上に商品の個別化機能を営みうるものとすることができ、したがつて、容器包装の図柄模様を捨象した形状、寸法それ自体も、他人の商品たることを示すべき表示ということができる。
もとより、右形状が、特殊なものである場合には、商品の表示たる作用をおおいに発揮できることは、相手方主張のとおりであるけれども、たとえ、それがありふれた四角い形状のものであつても、四角いものの他に円いものや、三角形のものが存在しうる以上、ひとつの商品表示といえるのであつて、ありふれた形状か特殊な形状かは、商品表示機能の程度の差でしかなく、いずれも他人の商品たることを示すべき表示と解することができる。
四 そこですすんで、申請人製造の焼そばたることを表示する四角い容器が、広く認識せられる商品の表示といえるか否かについて判断する。
不正競争防止法第一条第一項第一号は、ある商品が商品としてすぐれているために、その商品を製造ないし販売する営業と競争関係にある者が、その商品たることを消費者に示すべき表示を使用して、自己の商品を販売し、よつて消費者に商品の出所の混同を生じさせて不正の利益をはかろうとする行為を不正競争行為の一態様として規定し、右態様の不正競争行為が行われている場合、商品の出所元に対して右不正競争行為の差止権を認めているのである。
そうすると、右条規にいうところの商品の表示が広く認識せられるとは、表示が商品の出所の標識力として周知性をもつに至つた場合であると解すべきであり、いいかえるならば、消費者が広く商品の表示及びその出所を知りつくした結果その表示を認識することによつて、その商品の出所を想起あるいは、観念することができるに至つた場合を指すものと解すべきである。
ところで、疎甲第三号証の一ないし五によれば、申請人は、四角い容器入りの焼そば発売に先だち、各地において、新製品発表会を催している事実が一応認められるけれども、右疎明資料により、右発表会は、もつぱら小売店主、販売担当者など業者を対象に催されたものである事実も一応認めることができ、また、疎甲第九号証の一の一ないし九、第九号証の二の一ないし一二、第九号証の三の一ないし一六、第九号証の四、五、第九号証の六の一、二、第九号証の七、八、第九号証の九の一、二によれば、各種の新聞において申請人が四角い容器入りの焼そばを発売した旨の記事がくりかえし掲載され、あるいは、右の旨の宣伝がなされた事実が一応認められるけれども、右疎明資料によれば、右新聞の大部分は、一般消費者には講読されない業界紙であり、またその他の一般の新聞には、前述記事や宣伝が散発的に掲載されたにすぎない事実も一応認められる。
そうすると、右発表会や新聞報道によつては四角い容器という申請人の商品たることを示すべき表示が、広く一般に周知されたと評価することができない。
また、疎甲第六号証、第七号証の一ないし二〇、第八号証の一、二によれば、全国の各放送局からテレビ、ラジオを通じ、くりかえし申請人発売の四角い容器入りの焼そばの宣伝を行つている事実が一応認められるけれども、疎乙第三号証の一、第一一、第一二、第一四、第一八、第二一号証によれば、申請人や相手方のようにインスタントラーメンないし焼そばを販売している業者はかなりの数にのぼつており、これら業者が先を競つて、さかんにマスコミ等を利用して宣伝を行い、その商品も一般に広く出廻つている事実が一応認められ、さらに、疎乙第四号証の一ないし九、第五号証、第六号証の一、二、第七、第二二、第二三、第三一、第三二、第三三、第三九、第四〇、第四一号証、第四二ないし第五五号証の各一、二によれば、相手方も自己の製品についてテレビ、ラジオを含め種々の手段を用いてさかんに宣伝を行つており、その商品も数多く一般に出廻つている事実が一応認められる。
そうすると、申請人が四角い容器入り焼そばを発売した昭和五〇年三月から現在にいたるわずか七か月の間に一般消費者が、右多数の業者のうちから特に申請人発売の焼そばの四角い容器を認識し、それによつて、申請人の商品たる焼そばそのもの及びその出所たる申請人を特に想起あるいは観念するように至つていると判断することは、とうていできないといわざるを得ない。その他本件にあらわれた全疎明資料を精査してみても以上の認定・判断を左右することはできない。
以上説示したとおり、現在の段階では、いまだ一般消費者は、申請人発売の焼そばの四角い容器を認識することにより、その焼そばの出所及び商品たる焼そばを了知するという状態に至つたということはできず、言いかえるならば、四角い容器という商品表示が、その表示機能を充分に発揮するに至つたと認めることができない。そうすると、四角い容器そのものが申請人の商品たることを示すべき表示として広く認識されるに至つたと断ずることはできない。
五 加うるに、相手方が別紙記載の形状、寸法の容器包装を用いることによつて、申請人主張のペヤングソースやきそばと誤認混同を生じ、あるいは誤認混同のおそれが生じたことについては疎甲第一〇(陳述書)、第一四号証を除いて、他に疎明がなく、右疎甲第一〇(陳述書)、第一四号証は当裁判所において採用することができない。
六 以上の次第で申請人の本件申請は、被保全権利の存在についての疎明がなく、保証を立てさせてその疎明に代えることも相当でなく、さらに、保全の必要性についての判断をするまでもなく失当としてこれを却下し、訴訟費用の負担について、民事訴法訟第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 柳沢千昭 園部逸夫 村上久一)
物件目録
物件の材質は、厚さ一ミリメートル以下のスチロールシートである。そしてふたの部分(Cと示す)は、あけ得るようになつている。
第一図は、対象物件を上面から見た図、第二図は正面から見た図、第三図は横から見た図である。
図面の記号等は左の通りである。
寸法の単位――ミリメートル
太い実線 ――外形上主要な線
細い実線 ――外形上重要でない線及び補助線
細い鎖線 ――隠れた部分を示す線
R ――半径を示す
第一図
第二図
第三図